答えのないものを2人でつくるー映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』

編集の仕事をしているのもあって、飛行機のなかで見てみた映画。
1920年代、ヘミングウェイやフィッツジェラルドなどアメリカ文学の名作を数多く手がけた名編集者マックスウェル・パーキンズ(コリン・ファース)と、小説家トマス・ウルフ(ジュード・ロウ)の実話に基づく物語。

無名の作家トマスの才能を見抜いたマックスウェル。二人はお互いをトム、マックスと呼びあい、二人三脚の本づくりに没頭していきます。
彩度の低い映像。
内に情熱を秘めながらも、トムの傍らでいつも落ち着いているマックスの人となりのようでした。

その狭間に見える二人の不安と情熱が、心にぽつりぽつりと響く映画です。


たとえば、トムが本の冒頭に、マックスへの賞賛と感謝の言葉を入れようとする場面。

マックスは、読者の反応を見るまで、自分の編集が本当によかったかなんてわからないのだから、賞賛の言葉など入れるべきでないといいます。

本を出すときはいつだってこわい。
自分がやっていることは、本当に物語を良くしているのか。それともただ物語を別の形にしてしまっているだけなのか。
いつもそんなことを考えているよ。

答えのない仕事をする人に付きまとう不安、それでも信じるものに全力を尽くしたいという思い。

大物作家を次々と送り出し、トムも全幅の信頼を寄せるマックスのこの言葉に、驚くとともに、勇気づけられました。
その不安は、どんなに成功したって、持つべき謙虚さなのかもしれない、と。

そして、このエピソードあたりから、「トムを支えるマックス」という一方向の関係ではなく、マックスもトムに支えられていたのだいうことが、だんだんと見えてきます。

役割も年齢もキャラクターもまったく違う二人が、ぶつかりながらも、同じ情熱を共有して、お互いに支えあい、一つのものを創り上げるストーリーなのです。

 
物語の中盤、ベストセラー作家になったトムは、炊き出しに並ぶ人を目にして(当時アメリカは不況に喘いでいた)、マックスにこうこぼします。

この国にはこんなに貧しい人がいる。彼らは僕の本を読むことはない。
僕がやっていることはなんなんだろう。

直接的な貢献が目に見えにくい、本や音楽、映画、アートのような表現を仕事にする人が、感じたり、人から言われることも多いであろう疑問に、マックスはこう答えます。

太古の昔、暗闇で狼の遠吠えで怯える人を救ったのは、物語だよ。

なぜ物語を紡ぐことに、こんなに人生を捧げるのか。
暗いアメリカの街を眺める二人の姿に、その情熱の源泉が見える、印象的な場面です。


そして、この映画のもう一人のキーパーソンが、トムのパトロン、アリーン(ニコール・キッドマン)。
どこの出版社にも断られ続けていた頃から、トムの才能に惚れてパトロンをしていた彼女は、トムがマックスにとられてしまったと、ものすごい嫉妬をします。

わぁ大変というかんじの激しさなのですが、彼女の気持ちもわからなくもない……マックスに出会ってから、トムの彼女の扱いはなかなかひどいのです。
でも、最高の小説を創り上げている間は、そのことばかり考えたいというトムの気持ちだって、わかります。
常に落ち着いて見えるマックスだって、アリーンの持つトムの才能への独占欲のようなものに、どこか共感していたであろうことも。

この映画の登場人物、みんな配慮が足りないところがあったりはするものの、悪者ではないのです。
だからなのか、あまり抑揚がなくて、地味な映画という感想の人もいるようです。

でも、だれかと共になにかをつくること、答えのないものを追求すること、表現を仕事にすること、才能の独占欲……このあたりにぴんときた方には、沁みる映画だと思います。

私は、そういうことを悶々と考えていたところだったので、良いタイミングでした。
マックスみたいに淡々と安心感のあるサポートをできるようになりたいとも。
(編集してると言うと、よく「『校閲ガール』みたいなこと?」と言われるのですが、めざしたいのはこの映画みたいなことかな)

フィッツジェラルドがでてきたりするので、この時代のアメリカ文学好きとしても、楽しめました。
『華麗なるギャツビー』のあと苦悩している時期ですが、誠実な人として描かれています。

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